小料理屋さつき

かつて「はてなダイアリー」にあった「小料理屋さつき」をインポートしたもの+細々と。

空間に満ちる展示。Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+

 8/22にJR大阪駅の北側にあるVS.でRyuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+を体験。
 教授の演奏を思いのままに鑑賞体験できるのは素敵だった。まるで教授がふらりと音楽室にピアノを弾きに来たのでみんな集まってピアノの周りに思い思いに座ったり立ったりして聴いたよ、って感じ。
 
 今回は事情があってBLUEを体験した。ここで書かれている事はBLUEを体験した感想。BLUEとREDは曲などコンテンツが異なる。ヘッドセットなどの器材がREDとBLUEで違うのかは分からなかった。
 Twitterに3つに分けて書いた文章に加筆修正してもう一度。
 
 ほのかに青く照らされた閉鎖されていないホール(昨年だとバシェの音楽彫刻についての映像が映し出されていた所かも)でヘッドセットを装着して体験。6曲が繰り返し演奏。自分は教授の曲のタイトルと曲が殆ど一致してないので美貌の青空、Aqua、Enagy Flow、戦メリだけタイトルが分かった。
 演出ネタバレだが、Aquaでは水滴が天から降ってくる。手のひらで掴もうと……掴めない。もう現世には存在しない坂本龍一という人間のように。だが例え虚像であっても水滴の美しさは胸を打ち、教授が奏でる音は魂に響く。
 一人で聴いている訳ではないというのがホールの中で共に体験している他の観覧者さんの動きで分かる。自分はてっきりVRヘッドセットのように周囲が殆ど分からなくなるのではと思っていたが周囲がぼんやり見える。仕組みはスマートグラスみたいかも?立ったまま移動しても良いし好きな場所で座っても良い。自分は立ったままだとしんどいので教授の右やや後ろあたりに座った。音楽室で聴いているみたいと思ったのはそんな視聴スタイルから。本来なら教授の間近まで行ってもいいのだが、恐れ多くて無理だった。曲の最後を弾き終えた教授の手は舞うように鍵盤から離れる。綺麗だった。
 
 注意する点、気になった点は幾つもあった。
 映像と音響双方に演出が入っているので、純粋に教授の演奏を楽しむというよりも、教授も参加している音楽映像作品を楽しむのがKAGAMI+の主旨だと自分は受け取った。演奏する教授とピアノだけでなく展示ホールに満ちる映像と音と人々の動き全てを受け止める感じ。だから、純粋に「教授がそこにいらっしゃるみたいな空間の中で演奏を楽しみたい」という方は望んだ体験を受け取る事が出来ず悲しく思うかも。
 REDはどうなのか分からないが、BLUEは教授が演奏しているピアノが音の中心になっていない。後で体験する自動演奏ピアノ体験と比べると分かると思う。
 ヘッドセットだが、頭がかなり大きく男性並の自分でも装着できた。ただ首から紐で下げている端末のファン音がかなり気になる。排熱もかなりあるので肌に触れないよう位置を調整しないといけない。ファン音は空間に満ちる要素のひとつとして捉えることが出来なくもないが、排熱は無理。
 視界は狭いと感じた。自分の眼鏡は大きめのレンズなので普段眼球移動だけで済ませているが、このヘッドセットでは首をしっかり動かさないとダメ。何より超絶ド近眼にウルトラ乱視の自分なので用意された補正レンズでは足りず、教授の姿はぼんやりとしか見えなかった。用意される補正レンズの数も決まっているのでコンタクト必須だと感じた。
 映像演出が加わっているのはAquaで気付いた。すぐ近くに水滴が落ちてくる。雨粒のように小さくなくてかなり大きい。多分2cm位? 床に落ちると輪っかが拡がる。輪っかが本当に輪っかっかなのが残念だった。他の曲の演出映像も含めPS2位の密度かなぁ…… KAGAMIは2023に年公開された作品だから現在の3Dモデリング密度で投影できたらいいなと思う。教授が監修できないからこれ以上のブラシュアップは無いかも知れないけど。
 1曲1曲終わる毎に教授の姿が余韻もなくスッと消える。そのために曲の組み合わせが自由にできるけれど、自分は緞帳が曲毎にバッと降りて余韻に浸れなかった。きっとREDなら一つのプログラムとして考えられていると思いたい。

 器材中心に気になる点はあったけど、新しい音楽鑑賞のスタイルが体験できてとても嬉しい。教授が残してくれたデータがあるから、映像の緻密さや器材をブラッシュアップする余地はあると思う。お財布に問題がなければ何度でも楽しみたい位。
 実は、家を出るのが遅くなりその上、JR京都線遅延でREDの開演時間に大遅刻してしまった。REDは開始10分前に集合なので間に合わず体験できないかもと諦めていたが、ご厚意でBLUE体験が可能になりまたRED特典のレコードを頂いた。コンサートだとお情けで入れて貰える時もあるかもしれないけどKAGAMI+のREDはダメ。でもそういうビシッとした線引きは大事だと思う。他の観覧者さんの気持ちを乱さないようにする、集団体験だから大事な事。
 
 ヘッドセットを返却して次の展示へ。壁にはオスカーを手にする教授や同じ時期の撮影と思われるスナップが大きな幕になり下がっている。そして、晩年近くに雨の音を楽しんだり、ノルウェーの凍り付いた場所の隙間にマイクを落として「Fishing sounds」といたずらっぽい笑顔の教授の映像が壁に映し出されていた。
 
 他の観覧者さんも触れているようにオープンリールの視聴はとても凄かった。Chasmをまるっと視聴。情報が多すぎた。だけどこの機会がなければChasmに向き合えなかったかも。「音の舞踊」を全身で浴びた。最後にAndataを聞いて退出。重厚さに心身が締め付けられる。
 隣室で”TIME,TIME”を上演しているため、隣室からの低音や振動がどうしても伝わってきてしまう点に注意。それは複数の作品展示会である為仕方ないというか、それも含めて音響映像作品展示と自分は受け止めた。
 
 自動演奏ピアノは7曲。2曲目からあれっ?と思った。ペダルのデータが反映されないハプニング。システム再起動。ペダルの重要性を体感したピアノ素人な自分。メイン展示にあるAquaや戦メリはなくBolerishと……うーん、曲名思い出せない。昨年の展示で体験して嬉しかったから、もう一度体験できてうれしい。先程体験した教授のおぼろげな姿を自動演奏ピアノに重ねてみることができる。
 
 教授が今も存命でVS.の展示室を見たらどう感じたかな、何をやりたいか考えてニヤニヤしたかなと想像すると楽しい。今回REDを体験できなかったのもあり、昨年のSakamotocommon OSAKA、今回に引き続き、来年また違う内容の坂本龍一作品の展示があるよね、きっとそうだよねと期待している。
 またVS.で展示されることを前提として制作された作品の発表も大期待。なんていうか、あの空間にとても心を惹かれてしまったのだ! 映像と音と機材・器材と行き交う観覧者の動き全てが展示内容になる、その空間でワクワクすることが。
 
 上にも書いたが正直、観覧者を選ぶと思う。展示空間全てを、観覧者の動きや器材が立てるノイズ、機材トラブルさえも受け止めちゃうゾ! という、新しいもの大好きで好奇心旺盛でウエルカムな人なら楽しめると思う。とはいえそういうクセがある作品も教授関連らしいよねと思う。
 1985年の筑波科学万博で手に取れそうな立体映像を見た時の感激が蘇った今回の展示。体験する事が出来て本当に良かったと思う。数年先にはaquaの水滴もグローブをはめた手で掴む事が出来、ピアノにふれたら響きを感じる事が出来るようになると信じたい。
 

Yellow Magic Orchestra

2023_04_04 Yellow Magic Orchestra

 教授の訃報がニュースになった後に書いてTwitterにupしたかも? 気に入っている1枚です。水彩着色してみたいけれど、どういう色味にしていいかわからないです。この絵はハガキ大なので、着色したくなったら出来る用に水彩用スケッチブックに写してみようかな。でも……色わかんないねぇ。

道化師

2024_10_06 道化師

 昨夜描き始めたのはこちらが先でした。ちょっと気に入らなくて書き直したのが昨夜upしたものです。向こうはダンサー的躍動感があったのでタイトルにそれを入れましたが、こちらはただ道化師。派手でおどけていて。

 

夏の窓

2024_0909_夏の窓

 

 pixivに色々掲載するようになりましたが、自分は心理療法の一環……ってほどじゃないですがぐしゃぐしゃと抽象的な絵を描くのも好きです。
 20年前はそこそこ定期的に書いていましたが大坂に転居してからピタリ止まってしまって。ですが先日ふと描けたのでこちらに上げてみます。向こうはどちらかと言えば趣味系なので(笑)
  
 タイトルは「夏の窓」
 どこが夏の窓やねん、って尋ねられても返答に困ってしまいますが。自室の窓は開けてもビルしか見えず、しかも針金入り曇りガラスなので1年中ほぼ閉めたままです。でも開けたならこうあって欲しいと思ったのでしょうか。

本当に危険なのは

 ある記事の事で宇宙の戦士に出てきたシーンを思い出し読み返していたら、機動歩兵訓練パートの中のこの文章とその前後でハッとなった。

 ロバート・A・ハインライン 宇宙の戦士(矢野徹 訳) p133

「そうか? おまえは、現在の段階における新兵たちが、野獣のような状態だということを、おれよりもよく知っているはずだ。やつらに背を向けていても安全な場合と、そうでない場合のけじめも、ちゃんと心得ているはずだぞ。おまえは、第九〇八〇条の言っていることをはっきり心に刻みつけてあるのか……この条文を犯す隙など、絶対に兵隊どもに与えてはいかん。機会さえあればと狙っている兵隊もなきにしもあらずだからな……また、それぐらい攻撃的でなければ、ロクな機動歩兵にもなれんはずだ。やつらは基地では御しやすい。やつらが、食事をしていたり、眠っていたり、疲れて腰をおろしていたり、講義を聞いているあいだは、背中を向けていても安全だ。だがひとたび戦闘訓練か、これに類した演習に入った場合は、やつらはとてつもなく興奮しアドレナリンをいっぱい出し、鉄帽いっぱいに入れたニトログリセリンみたいに爆発しやすくなる。おまえたち教育係は、それぐらいのことはわきまえているはずだ……そしておまえたちは、そういった徴候を監視し、そんなことが起こる以前に嗅ぎわけるように訓練されているはずだ。どうしてあんな青くさい新兵に黒あざなんか眼につけられたのか説明してほしいもんだ。あんなやつに手をかけさせては絶対にいけなかった。あいつがそうしかけたとき、素早く察知してなぐりつけ、完全に気絶させてしまうべきだったのだ。(略)」
 (中略)
「あの兵隊を、安全な連中のひとりと盲信していたのかもしれません」
「安全な兵隊などというものが、あってたまるものか」

 このシーンは 訓練中に「凝固(フリーズ)」の命令を下されたが、ある新兵の一人がその命令が下された時伏せたのが噛みつく蟻の巣の上だったのだ。耐えきれなかったその新兵は凝固を破り、破った後に出された再び凝固せよという命令に服従しなかった。教育係の軍曹は新兵を手で殴った。何故そういう事が許されるのかはこの作品の世界観ゆえである。詳細を知りたい方は一読してとしか言いようがなく申し訳ない。さて、蟻の巣から逃れようとして殴られた新兵は軍曹を殴り返してしまう。
 当初は命令不服従による隊内処分の流れだったが、軍曹を殴り返した事を新兵が口にしたことで軍法会議の流れとなる。
 引用部分は軍法会議が終わった後で、軍曹の上官が軍曹と会話するシーンである。

 

 2023年06月中旬、岐阜にある陸自の射撃場で起きた発砲事件。
 これを書いている07/02にこの事件の動機についてググったら「「弾薬を奪うために邪魔な人を撃った。銃と弾薬を持って、外に出たかった」と供述していた」という話が記事にあった。
 
 「安全な兵隊などというものが、あってたまるものか」
 という軍曹の上官である大尉の言葉。この作品が出版されたのは1959年。何より小説の中の台詞なのだが、2023年の現実世界でも、軍の教育機関で語られている事ではないだろうかと、ペラッペラの素人だが想像するのだ。
 軍だけではないかもとも思う。操作を誤れば人を殺傷する可能性がある道具を使うことを学ぶ場所でも語られているかも知れない。
 
 先日の事件のような事を100%防ぐ事は難しいかもしれない。でも、悲劇が二度と起きないよう対策をと祈ると同時に、人材育成を担当する事は本当に難しいと深く思う。