小料理屋さつき

かつて「はてなダイアリー」にあった「小料理屋さつき」をインポートしたもの+細々と。

人権キャラ、という表現

 自分はソシャゲもやっているので、5chでスマホゲーム板等利用しています。
 最近気になるのがその辺りで散見する「人権」という単語の使われ方。昭和脳の自分が見慣れた使われ方ではなく、例えば下記のような使われ方をしています。
 ・「(キャラ名)は人権クラスの強さ」
 ・「人権キャラは引いておかないとね」
 ・「(キャラ名)はアリーナでは使用率1位の人権」 
 キャラクターをガチャで引いて戦うソシャゲにおいて、強いキャラ、特にプレイヤーランキングや難易度の高いクエストクリアに影響するキャラの有無は重要なポイントです。そういうキャラを所有しているのは当たり前という事が「人権」という単語が使われるようになったきっかけかも知れないと個人的に考察します。

 でも。

 人権という単語に触れれると「人権活動」や「同和問題」、「ヘイトスピーチ」までピピッと連想する方は少なくないと自分は思っています。自分のブラウザ環境で「人権」でググる法務省の人権擁護局ページにある人権啓発活動のページが1番目に出ます。goo辞書で検索をかけると「人間が人間として当然に持っている権利。基本的人権。(出典:デジタル大辞泉小学館))」とあります。
 単語やフレーズは時代によって使われ方が変化する場合があるのは知っています。とはいえ、ソシャゲ界隈における「人権」という単語の使われ方に自分は違和感を感じてしまいます。

 「お気持ち案件」というのが最近Twitterなどで出てきます。書いた人自身が悲しんだり悩んだり疑問に思った事、例えば「自分は辛い気持ちになりました」という話を書いてその悲しみに共感してくれよ!と読み手に迫っている、またはそう読み取られる文章、並びにそれによって引き起こされるSNSでのやりとりだと自分は思っています。また、ニコニコ大百科の「お気持ち」も参考になると思います。というよりそちらの方が自分の説明よりハッキリしてるかも。
 さて、上記の「ソシャゲ関連の文章における「人権」という単語の使われ方」についても、朝霞自身の「気持ち」でしかないわけで、お気持ち案件に該当するでしょう。ソシャゲプレーヤーかつ5chやSNSを利用している方で、「人権キャラは必須」といった使い方をしても特に何も感じない方もいると思います。

 さて、何故今回この記事を書く事にした背景というかネット老人会会員の昔話などを。
 自分の両親は自分の郷里とは別の所で生まれ育ち結婚後転居してきたので、自分は生粋の地元人ではなく地元の「人権関係諸問題」もよく知りませんし、小中学生の頃に人権教育を受けた記憶もありません。あったかも知れませんが一部の地域のように社会人になってもよく思い出せるほど、インパクトのあるものでは無かったと思います。勿論自分は記憶力がかなり弱いので忘れてるだけかも知れませんが。
  しかし、草の根パソ通からインターネットにシフトした頃、あの頃は「ぁゃιぃ系」にわりとするりとアクセスできたので「おおお、こんな事が」「ううむ、そういう話が」という事の連続で「ほうほう、それでそれで」と「ぁゃιぃ系URL集」から飛んで回ったりしたものです。
 で、どうなったかと言えば「ぁゃιぃものを知ったとしても、生半可な知識や軽い気持ちで書いてはいけない」という思いに至りました。腹に収めて、口には出さないって感じです。
 それにプラスして、「人権」関係については自身が体験した「重い」経験があります。20年以上前に司法書士事務所で事務員としてしばらく勤務していた時、土地の名義変更関係で明治初期頃に生まれた方まで遡る家系図作成業務に関わることがありました。かなり古い戸籍謄本(ひとつの戸籍の原本のほぼフルコピー)をめくってちまちま作成していくのですが……古い戸籍には噂に聞いていた身分欄があるのです。コピーされた謄本のその部分は空白になっていますが原本はどうなっているか分かりません。コピーで写らないよう厚紙で隠してあるのか、修正液が塗ってあるのか…… 自分が見たのは「壬申戸籍」の謄本ではありませんが(そりゃそうだ!)「壬申戸籍」でググると戸籍にまつわる色々な話が載っているページがヒットしますので気になる方はそちらをご覧下さい。
 さておき、たとえ空欄であっても身分欄という記載があることや、その戸籍に掲載されている「教科書に載らない、しかし、ある人間の生と死の記録」は現実であり、それがズシリとくるぐらいの枚数あるわけです。
 「ああぁ……1人の人間が生まれるまでにこれほどまで多くの方々が関係しているのか」と同時に、「ネットであんな事やこんな事を言ってる人もご先祖様をぐいぐい遡ると……いや、これ以上はいけない鶴亀鶴亀」という二つの事を深く感じました。

 長くなりましたが、そういう事もあって人権とそこから連想されるあれやこれやは自分にとって軽く扱っていい話ではなくなってしまった為に、最初に書いたようなシーンを見てしまうと「うーむ……」と思ってしまう訳なのです。

 頭ではわかってるんです。ええ。どうせお気持ち案件でしかありません。きっとこれからも「このキャラは人権」ってフレーズを何度も見る事になるでしょうし、自分は、そういう表現を変えてくれと言えるだけの発言力も知名度も何もありはしません。ネットの片隅に静かに住む1人でしかない。
 とはいえ、自分はこのもにょもにょした気持ちを書かずにはおれなかったのです。同じように思っている方が居て下さったらうれしいなと微かな願いを抱きながら。

 

ファイブスター物語/F.S.S./FSS:パルスェットの今後についての個人的考察

 5ch本スレでも書いたのですが、自分的に納得する考察(身勝手な願望とも言う)だったので、こちらにも残しておきます。

 単行本11巻10p、右下、ヨーンらしき人物と並ぶファティマがNT2020/7月号のバシクのデザインとほぼ同一=ブライド(バシク)だと思うのです。何故パートナーであるパルスエットじゃなくブライドなのか個人的に考えてみました。
 例えば、デコースと戦闘したヨーンが重傷を負い、内臓などが損傷、移植が必要となった。その時パルスエットが自身の内臓をヨーンに提供した。パルスエットはハスハにいるモラード公の元へ送られ再生処理に入る。
 ヨーンはパルスエットよりも早く回復し、デコースと再戦。その時GTMに乗る決意をし、臨時パートナーとしてブライドがアイシャを通じて渡される。
 ヨーンが「剣を持つ騎士」になった後、回復したパルスエットに「今更何だけど、ちゃんとオレのパートナーになってくれ」的な展開。
 
 この展開のヒントになったのは、単行本15巻95pのパルスエットの台詞 「私たちはこの性能も心も血も内臓も全てマスターのためにあるのです。戦いのパートナーそしてマスターの生体予備パーツとしても……」 という所。この時はジークに輸血だけでしたが、なーんか、伏線っぽい感じがするんですよね。
 5ch本スレでは当初「ウリクル、シャフト、インタシティを始め、重要だったり活躍しそうなキャラがいきなり亡くなるケースは今までもあったので、最悪の展開としてパルスエット死亡もありうるかも」と書きましたが、ドナーになったためしばらくお休みの方が、自分を含めパルスエット好きのファンには納得行くかなって思い直しました。
 
 今、スレで記憶違い、めっちゃ簡単な計算間違いとか指摘されて、脳から冷や汗ドバドバでております。すみません。
 やっちゃった中のひとつは、オデット=オディールが、璃里と茄里母娘双方の用事でボォス(ハスハ)とカラミティ(フィルモア)往復大変だよなーって話で、エピソードが起きた年をちゃんと把握していればそれほど過密スケジュールではなかったのに、何故かそう思い込んでしまった事。オデット=オディールが双頭竜紋章のダンランスをボォスとカラミティ間を短期間の間に何度も爆走させてたと勝手に勘違いしてしまったのです。
 昔、連載に掲載されたエピソードが星団歴のいつ起きたのかテキストにまとめていたのですが、放置してしまって。それをちまちま続けていれば勘違いしなかったかも。ミスを指摘してくださる皆様いつもありがとうございます。うるるるる。

 

かなり放置しておりました&近況とか

 hatenaからの通知をたまに見るのですが、「100PV達しました」という告知が時々あり「はて? 放置して長いblogなのに何故100PVも?」と疑問に思っております。

 元々こちらは15年以上前から5年位前まで「はてなダイアリー」で書き溜めたもので、「はてなダイアリー」のサービスが終わってしまった為に強制インポートされたものです。

 若い頃勢いに任せて書いた記事もあると思うんですよね。「会社の子」は5~6年前に書いていたので若い頃とは言えませんが勢いはまだあったかな。あと、確かに実現するにあたっての細かい土台作りとかまで踏み込んでない、小説の設定書きみたいなものでしたが、子供を育てるどころか結婚する事すら金銭的余裕がないという話もある昨今、法人が子育てをああいう形で支援するというのは「最後の最後の策」かもしれないけど、次世代が細く細くなってしまうよりかはましなのではないか、という気持ちは変わりません。

 F.S.S.こと「ファイブスター物語」は衝撃の連載再開(2013年5月号)から多分ほぼ長期休載なしで連載を続けています。ただ2020年6月号はCOVID-19の影響できっとアシスタントさんを呼ぶ事ができずコミック部分は休載になりました。

 「小料理屋さつきの天井裏」でもCOVID-19について書いています。

 では自分にはどういう影響が出ているかというと、2chねら(5chねら)なので習慣としてどうしてもニュー速系をみたり、TwitterのTLを見てしまうんですね。そこには不安感を増す話が殆どで。でも見ないと何か落ち着かないんです。長年の習慣だからでしょう。

 その結果、今どうなのかというと、今年の1月頃に精神科の薬を減薬できたのに今は不安感や感情の不安定に再びさいなまれています。マスクをしないと外出できないという「ルール」が「外出困難」の上に重なり、買い物に行く事が本当に難関になってしまいました。お腹が空いても食事をしたいという気持ちがわかず、お腹を「くー」って言わせながら寝ています。さすがに何も食べないとアウトなんで2日に1回は食べたり、ヘルパーさんが来て下さる時に一緒に買い物へ行ってもらってますが。

 体力よりも、集中力や何かに取り組もうとする心がかなり弱っています。好奇心はあるのですが、それで吸い取った様々なデータを自分の中で料理してアウトプットすることが難しくなっています。

 ゆっくり歳を取っているんですね。長生きはしたいけれど両親ともに早くに亡くなったので自分もそうなるかもという気持ちもあります。あと数年すれば親父が亡くなったのと同じ歳になります。その歳を超えたいと祈るような気持ちでいます。

 という感じでつらつらと書いてみました。大抵は「天井裏」に雑文を書いていますのでもしよろしかったらそちらの方もよろしくお願いいたします。

 

滄桑之変:ホスピタル地区

 しばらく何もこちらに書いておらず、放置状態だったので少し。カウンターのリセットはタイミングを失ったので来年……かな?
 さて、教育について色々書いてきたけれど、その「場所」についてはあまり書いてなかったように思う。
 自分がぼんやり小説的に考えていた構想だが「保育園から老人ホームまで全て一つのエリアにまとめる」というのがある。大学病院というのはもうおなじみだが、そうではなく、保育園や幼稚園から小中高、理系文系問わない大学、総合病院、障害者や老人のデイケア施設、老人ホームやグループホームまで一つのエリアにあるというものだ。それを公園などで囲み、一つの「ホスピタルエリア」とするというもの。ホスピタルは病院という意味だけでなく、公共福祉的な面全体で考えて。
 これが現実にあるのかどうかは分からない。しかし、昨今、学校の騒音だのなんだので騒いでいたり、「子供の頃から健康について考える」という点、介護という、多くの人々が悩む事についても考えたり研修を受けたり出来るだろうと考え、こういう統合エリアを思いついた。
 でも難関は多いだろう。子供を預けて勤務に向かうとするならどうすれば良いか……バスが巡回し、幼児から成人までホスピタルエリアに向かいたい人を拾うことになるかもしれない。また、幼い子供達が大人の障害者の目に触れることを「ケガレ」と感じる人も少なくないだろう(非常に悲しいことだが)。そういう「ケガレ」的なものを出来るだけ取り外したいというのもこのアイデアのなかに入っている。
 SFの近未来都市設定的だが、ある意味自分としては一つの理想だと思っている。ゆりかごから棺桶までそのエリアで全て済むのだから。エスカレーター的だと感じる人もいるが、良い点が多いのであればエスカレーターでも良いのではないか? 6-3-3-4教育でなく、16年教育として飛び級も含めてもっと枠をとっぱらった個人の学力ペースに合わせた教育も可能にしてほしいし、6や3年毎の受験ではなく、1学期毎の学力テストが重要視される方が良いと自分は考えている。1学期毎のテスト結果で学力レベルにあったカリキュラムをこなすという方向だ。クラスはホームルームや文化祭などの時のみに活用され、ロッカーはアメリカと同じ廊下に。そして、自分のの学力に合った授業を受けにレベルごとに分けられたクラス(算数A〜Dとか)に行くというノリで。大学の授業を受ける感覚に近い。それを小学生から行うという事だ。また、年齢をとっぱらった交流会なども頻繁に行って欲しい。多感な時代にいろいろな人やモノに触れるチャンスを沢山作ってみたら興味深いのではと思うのだ。幼児から老人までの大規模文化祭とか。ちょっとしたパーティーとか。
 そして多分……ここまでの大規模エリアを開発できるのは企業がついていないとムリだろうし、そこで以前から何度か書いた「会社の子」の話になっていく。
 教育SFっていうジャンルがあるのかよく分からないが、近未来の生活を描く上での背景としてこういうモノがあってもいいと自分は思う。本当は自分自身が書けば良いって話なんだろうが、いったいどういう感じで進めていけば良いか分からないので設定だけ作って放置してしまったという訳。

盧生之夢:我が人生もまた、秋の空

 以前から、地球人類文明は初冬を迎えているのではないかというのを書き続けてきました。しかし、自分の人生の四季もまた違うステージに移りつつあると認識/意識しなければいけないのだなと先月、深く感じたのです。
 自分は、B5サイズのカレンダーに「その日何をしたか」書いています。今年の7〜8月は2/3の日に何らかの記載がありますが、9月からガクンと空白の日が増え、10月は記載日が数日、11月は半ばまでほぼ記載なしでした。
 先月半ばは本当に酷かったですね。新しいゲームに熱中し……あまりにも熱中したために食事どころか水分も十分とっておらず、居室内で目眩を起こしました。現実逃避の為に何かに没入してこういう事になるのは今までのウツ人生の中で何度かありました。その中で学んだ「強制シャットダウン&リブート」をしました。
 とりあえずゲームソフトを終了。今やってるゲームはRPGではなくシミュ系なのでついだらだらだらだらやってしまうんです。ネトゲのように自分と一緒にプレイしてる人のチャット内容やPTで取り組んだミッション完了とかで「ああ、そろそろ一区切りつけるか」という自覚症状が出ないんですよね。
 んで、椅子にゆったり座り、手を膝において深く深呼吸して等々。我流なんでめちゃくちゃですけど、自分が酷い状況であるというのを一歩離れて観察って感じでしょうか。そして「今、自分は何をすると良いのか。何をしなくて良いのか」を口に出してみて考えました。何となく購入してたレトルトのおかゆをを食べ、浴槽にお湯を張ってお風呂に浸かり、落ち着いたらスーパーにレトルトのスープとか買いに行こうと。そうやって、独り言を繰り返しつつ自己観察をして行動を決めていきました。端から見たら気持ち悪いですけれど、そうしないと判断/行動ができないんです。
 それに被さるように高倉健氏の訃報。ファンでは無いのですが(そもそも自分は特定の俳優/女優さんのファンではありません)、またひとつ昭和が去って行ったと感じ、何故か大泣きしてしまいました。でも「感情の吐き出し」は、少なくとも自分の治療においては大事な事だと思っていますので泣くがままに。久々に両親に会いたくなったりしました。沢山泣いて、一つまた落ち着いて。
 そうやって2週間を過ごして思うのは、今まで漠然と「40代半ばだよねー」って思っていたのが、身体に乗せられた重しのようにリアルに感じるレベルにシフトしたという事でしょうか。車の運転はもう無理だとより強く感じたり、これからはテレビの向こうではなく身近な人の訃報で辛い思いをするんだろうねと。車の運転については、前夫と一緒の頃に「50歳になったら返納しよう」と言ってきました。転居後にゴールドで更新しましたが、返納が遠い遠い先の霞みたいなものではなく、現実問題じみてきましたね。
 ウツや他の内科症状の病気とつきあいながら生きてきましたが、これからは「病気+加齢」を感じながら「生きるさじ加減」を考えなくてはいけないという事です。ただでさえスローペースなのに、もっとスローペースにしなきゃねと。忙しい都会で、ゆったりゆっくり生きるのは難しいと思いますが、そうしなければまた目眩を起こしてしまうと思います。独居ですから何か起きたら大変です。孤独死問題は自分にとって他人事ではなく、次の瞬間起きてしまうかも知れない重大問題です。本当に倒れてしまう前に自分で強く意識しないと…… 
 このことについて病院や福祉関係窓口で話をしないといけないなぁと思いますが、何らかの福祉サービスを頼りに出来るのか分かりません。でも、行政サービスって扉を叩いて叩いて叩きまくって、たらい回しにされても負けないで自分が妥協できる着地点を見つけることが大事だと思っています。サメのように食らいつけ! と。無論、不正はいけません。法律にのっとって書類を書いたり面談した上で許可が下りたらラッキーだと思っています。
 ってことで、またひとつ「標準時間」ではなく、もっとあいまいで……だけれど重要な時計がカチッと動いたと感じる晩秋です。

世事多事:もし野次られた議員が何らかの要因で子供が産めない女性議員だったら?

 東京都都議会での「早く結婚すればいい」「産めないのか」野次ですけど、もし、不妊治療中で産みたくても困難だったり、自分みたいに病気で子宮全摘とかしたり、先天性で子宮に障害があったりなどで子供が産めない女性議員だったらどうなってたんだろうと。
 自分は「今の野次ですが、自分は手術で子宮全摘してるので産めません」って言えるかな? と考えると……うーむ。難しいなぁ。ネットじゃ書けるけど、リアルでは、ウツの事も含め病気の事は口にしにくいですね。
 野次を相手にしていたら切りがないとか、下手に答えるとマスコミのネタになるだけというのはありますが、自分のように「産めない身体状況」の女性も居るということを想定して欲しいと今回感じましたね。
 少子化問題の中に、不妊治療に対するアクションってあるのかな……と検索したら「不妊専門相談センター事業」というのがありました。しかし、人工授精等の高度なものは全額負担のままのようです。これについては色々な意見があり、その中には「不妊治療で出産→子供が健康に成長するという確率がまだ低いため、既に生まれている子供達が安心して成長できるような補助、2人目、3人目を安心して産み育てる環境作りへの補助を優先すべき」という意見もあります。不妊治療中の方にすれば噴飯ものの意見かも知れませんが、自分としてはこういう意見があることも見ておくべきだなと感じました。
 自分は子育てをしていないので、子育てにかかる諸費用についてはWEB検索した結果しか知らず、実感はありません。ただ、20歳過ぎてから今までを振り返ると、自分の結婚生活中の家計では子育ては無理だと感じます。家計以外にもウツ病という大きな要因もあります。
 以前、「[日々]世事多事:会社の子」というのを書きましたが、法人が出産から育児、教育に直に投資し、それらのための施設や人材を揃える状態まで持ってこないと「社会人」は減っていく一方だと思うのです。
 日本国自体ではなく日本に籍がある法人に金を抱えさせる事で、万が一日本国が転覆しても、それらの会社が「分散された日本国」となって日本という存在を存続させることを期待しているのか……と邪推する時があります。日本人の定義が、国籍でも血でもなく、「日本の会社」に属する人間のことを指すようになる日が来るのかと。
 それ位、日本、いや、日本の法人は「日本の社会人」の育成について危機感がないなぁと感じるんですよね。
 話が飛んでしまいましたが、返す返す、産みたくても産めない身体要因等がある女性も居ることをちゃんと頭に置いて欲しいって思いますね。何らかの状況故に子供が産めない事情を大勢の人が居る前では口にしにくいというのを分かってと。
 そうそう。ちなみに都議会議員の議員報酬は年間1500万以上だとか。選挙にお金がかかるのは分かりますが、それでもモヤモヤ感はありますねえ…… ですから、年間収入300万以下で結婚や子育てを諦めている人々の気持ちはこういう人達に伝わるのかなぁって、ちょっとジト目で見てしまいます。

ファイブスター物語/FSS/F.S.S.:2chのスレ見て思うこと。

 ちょっと最近アンチに反応しすぎているような気がします。アンチ構うより、設定について考える方がいいんじゃないかと思いますね。
 けなされて怒る気持ちも分かりますが、構えば構うほどアンチの売名行為に荷担してるのと同じレベルじゃないかと思うんです。
 井上伸一郎氏の「MAMORU MANIA」やキャラクターズを新規に入手することは、トイズプレスとの関係が切れてしまった今ではもう無理だと自分は考えていますが、友達に借りたり中古でも入手する事ができるならキャラクターズ4の後書きだけでも是非読んで頂きたいと思っています。めちゃくちゃワガママ言わせてもらいますけどぉ〜、ていうかワガママだぞオレわ! って感じの後書きは、既刊副読本全ての後書きの中でもベストだと思ってます。今、センセがあの時の文章をどう考えてらっしゃるかは自分は分かりませんけれども、あのままでいてもいいというか、あのままでいて下さいっ! って思ってます。ワガママ結構、どんどんズイズイ、ナガノイズムで突き進んで、ファンをびっくりさせ続けて欲しい、そう考えています。
 ヤフオクで検索するときは、「永野護」(←この部分リンクにしてありますので、ヤフオクに飛びます)とか「キャラクターズ (ファイブスター)」 というキーワードで検索すると出てきます。検索したらサイン色紙とか色々出てますねえ。箱付きのナイトフラグスまであるんですねえ。あ、ゲマの「エストクリアしおり」かわいいなぁ。ラキのキーホルダー、持ってますよ−。今はカレンの方を使ってます。厚みがあるので購入して20年以上? かと思うんですけれど表面は傷だらけですが中のイラストは色あせず綺麗なままです。コンパウンドで磨いたら綺麗になるかな? でもまあ、そのままにしておきますか。2つのリングもすごく丈夫で、何度も鍵を付け替えていますが緩んだりしていません。背部のギザギザがあるへこみは、コカコーラとかの瓶の王冠を外すためにあるらしいんですが、どうやって使うのかはわかりません。ただ、このキーホルダーが出た当時、王冠を抜くキーホルダーの販促品を参考にしたとか読んだ気がします。
 トイズプレスと、以前発行した書籍の件についてどういう約束事になっているか分かりません。最新設定も確かに面白いですし、今後の展開は最新設定で展開予定ですから(特にGTMやラーン、詩女について)重要だと思います。しかし、昔、センセがどういう風に考えていたか、昔はどういう設定だったか、物語や設定の変遷を追うことも面白いと自分は考えてます。L-GAIMでナガノデザインを知ってファンになってそれ以降30年近く追っかけて関連本を購入しているから言える事かも知れませんが…… 今のところは「欲しい人は中古で入手してね。キャラデザインだけならデザインズにほとんど収録してるから許して〜」って所なのかも。映画GTMでナガノファンになって「昔の本、集めたい!」って思う方がいらっしゃるなら、うーん、大変だけれどがんばって……としか言う事が出来ない感じです。
 それにしても、いつの世でもどんなカテゴリーでもそうですけれど、受け手=読者としての立場から「(具体的名称)はダメだね」というのはまあ仕方ないですが、クリエイターの肩書き背負って、同業者や似たようなカテゴリーのクリエイターに「(具体的名称)はダメだね」と言い切っちゃうのはどうかなと個人的に思います。twitterなら鍵つきとか、個人別アカで、クリエイターである自分とは違う方向で(言葉遣いとか気をつけて)やれば良いのにねと思いますね。叩かれても構わないからという方向でなく、礼儀としてそうあって欲しいと個人的に思うんです。
 「巨乳黒髪眼鏡っ娘であれば何でもアリというのはどうか!?」とかtwitter叫んだりするのはまあ、その…… あははは…… だ、だって、安易にそーゆーキャラ出過ぎで、ワンパターンな展開のが多い気がするんですよ。こう、なんというか翡翠の珠のように、人にはチラッとしか見せず、大事に愛でるべきというか、なんというか……ハッ! ボンノーがヤバいっ! 今回はこれにて。ちゃんちゃん。